臨床心理学にいる

心理学のあれこれ

心理学史 003 バークリーの視覚論

バークリーは、アイルランドの哲学者、聖職者であり、近代観念創始者の一人。経験論の立場から、「視覚新論」(1709)において空間知覚、特に奥行き知覚を論じ、知覚の経験説を唱えた。奥行き知覚の手がかりとして、輻輳と調節が対象の距離とともに変化する事実に着目し、運動感覚と他の経験との間の連合によって奥行距離の知覚が成立すると説明している。

また、バークリーは「ものが存在することは、知覚されていることである。」と主張したが、知覚されているものしか存在しないとすれば、あるがままの事物を知ることはできないと反論されたため、観念の起源を「神」に求めることによって観念の客観性を保証しようとした。当然のことながら、この考え方は生得観念そのものであり、古き悪しき合理主義への回帰であったため、次に登場するヒュームによって経験主義本来の考え方は徹底されることになる。

ちなみにヒュームは、懐疑主義と経験主義の発展に貢献した哲学者であり、12歳でエディンバラ大学に入学した秀才でもある。しかし、いまいちパッとしない人生であったようで、「人性論」の中で、近代イギリスの経験主義を徹底して懐疑主義の方向に推し進めたが、ヒューム自身が「印刷機から死産した」と他人ごとのように語ったように、その懐疑主義的な主張はほとんど受け入れられることはなかった。その後、「道徳・政治論集」などを刊行して好評を得るが、信仰に懐疑的との理由でエディンバラ大学の教授就任を2度も拒否された上、使えたルソーには迫害計画の張本人との濡れ衣を着させられて絶交し、最後はエディンバラでほそぼそと生活するという人生を送った。