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心理学のあれこれ

心理学史 015 ティチナーの構成主義・構成心理学

ティチナー

1867〜1927。イギリス生まれ。オックスフォード大学で哲学、生理学を学んだ後、ドイツへ渡りヴントに弟子入りした。1892年にアメリカのコーネル大学に赴任、死ぬまでそこに留まった。構成主義という名称は、ジェームズティチナーの立場を批判的に呼んだことに始まる。

ティチナーは、ヴントやキュルペら多くのドイツ語著書を英訳し、ヨーロッパの心理学をアメリカに紹介することに勤めた。弟子の中にスティーブンスなどがいるが、構成主義はアメリカの風土には合わず、ティチナーの死とともに急速に力を失った。

アメリカ心理学会の噛ませ犬。


構成主義・構成心理学

ティチナーは、イギリス生まれのイギリス人だが、ヴントのもとで学び、その影響を受けてアメリカに渡ってコーネル大学の心理学実験室を主宰した。ティチナーはヴントの実験心理学をより厳密(神経質)に受け継ぎ、アメリカにおける意識を対象とする構成心理学の樹立者となった。

ティチナーは、心理学はあくまで意識を対象とすべきであると考え、ヴントよりも厳密に実験条件を統制し、内観を正当な実験手続きと主張した。意識の要素を全て感覚に還元しようと考え、種々の感覚領域における感覚要素のリストの作成や「触覚ピラミッド」といわれる感覚要素のモデルを提唱し、ヴントの統覚を否定した。

ティチナーの構成主義は、初期アメリカ心理学の主流的立場を占めたが、プラグマティズム(=イギリス経験論を引き継ぎ、物事の真理を実際の経験の結果により判断し、効果あるものは真理とする思想。)を基調とするアメリカの思想的風土には馴染みにくく、ティチナーやその他の指導者が外国籍であったことも手伝って、アメリカ文化に根ざした独自の心理学が台東するに連れて勢力を失っていった。ジェームズやエンジェルにより展開された機能主義心理学は、この(イギリス人に対するアメリカ人の劣等感を補償する)要望に応えるものとして登場したのかもしれない。